仕事ゴコロ・女ゴコロ
11月

英語を日本人のもう一つの言葉にしたい

ダイアモンドランゲージスクール[校長]

中野 敬子(なかのけいこ)さん

1998年、防衛省に入省。国際会議の通訳、国際広報、国際情勢分析などに従事した後、2011年より米国国防総省にて勤務。13年に防衛省を退職。14年、ダイアモンドランゲージスクールを開校。一児の母。神奈川県生まれ。
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防衛省で15年、米国国防総省初の日本人ワーカーとして国際舞台でも活躍した後、 世界のリーダーたちのコミュニケーションをヒントに新たな英会話教育を提唱。 未知なる扉を開き続け、チャンス掴んでいく、その仕事術とは。

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非ネイティブとして日本人らしい英会話を

 英語は、好む好まざるではなく世界の共通言語であり、世界の人とコミュニケーションを取るためにとても便利なものです。英語を話す世界人口は約22億人といわれていますが、じつはその80%がネイティブスピーカーではありません。母国語ではない英語でコミュニケーションしている非ネイティブがほとんどです。

 日本の英語教育の場ではネイティブの英語を目標にすることが多いですが、ネイティブの発音や表現を追い求めなくても会話は成り立ちます。日本人にとって使い勝手のいい英会話術を身につけて、思いを伝えられればそれでいいのです。世界中の非ネイティブの人たちと同じように、日本人にとっても英語をもう一つの言語にしたい。それが私の夢です。

シンプルで万能な45個の動詞で話す

 日本では中学時代に1500語、高校で3000語の単語を学ぶといわれています。すでに持っている英語の知識を「話す英語」に活用できれば、コミュニケーションできるようになります。シンプルな英語を使って、直感的に言いたいことを口にできる英語の「絶対感覚」を身につけるためには、とにかく英語を口に出すこと。大量のアウトプットトレーニングが重要です。

 英会話に悩む人は、言いたいことはあるけれど言葉が続かない...という人がほとんど。「I(アイ)」の次の動詞で迷ってしまうのです。そこで私は、get、have、makeなど、シンプルだけれど重要で万能な45の動詞で会話を組み立てる、オリジナル英会話メソッド「English Core®」を考えました。

 現在このメソッドを元に、スクールでは3歳から80代まで幅広い生徒さんに英会話レッスンを、企業ではビジネス英会話研修やエグゼクティブ向けプライベート研修などを行なっています。また最近では、ビジネス英語アプリの開発にも力を入れていて、業界別で実践的に学習できるコンテンツを増やしているところです。

ヒントは、世界のリーダーたちのコミュニケーション術

 シンプルな単語で直感的に話す英会話でいい、ということを私に教えてくれたのは、防衛省時代に出会った世界のリーダーたちでした。国を背負い国際舞台に立つリーダーたちの言葉は、シンプルでわかりやすくクリアです。言葉に情熱が宿っていて、単純な言葉でも思いが伝わってきます。彼らのコミュニケーション術から、専門的な言葉や難しい表現よりも、思いを口にできる直感的な文章力とシンプルな単語づかいこそが大切であることに気づいたのです。

 その一方、国際舞台では、残念ながら日本人の英会話コミュニケーション力が世界の中で見劣りすることにも気づかされました。このままでは外交やビジネスなど、あらゆる分野で日本人の発信力・影響力が低下してしまう...。そんな危機感を感じました。

防衛省に入省して2年目で大臣通訳に抜擢

 私は日本の大学で国際政治学を学んだ後、ロンドン大学大学院へ進学し、国際政治の知識と語学力を身につけました。そして帰国後、防衛省に入省。1年目はお茶汲みやコピー取り、翻訳業務などをしていたのですが、2年目に大臣通訳に抜擢されたのです。

 それまで大舞台での通訳経験もありませんでしたし、間違って訳してしまったら大変...!と、毎日汗がドバドバ出ていたことを覚えています(笑)。その後、6人の大臣の通訳を務め、国際情勢の分析や国際広報の業務にも携わりました。その間、多く国際会議などの場で世界のトップたちの近くで過ごす機会を与えられたことは本当にラッキーでした。

日本人初!ペンタゴンの重い扉が開いた

 キャリアの転機になったのは、米国国防総省(ペンタゴン)での勤務です。人事院を通じて日米の政府間職員を交流させる計画は以前からあり、米国職員が防衛省に来ることはあったのですが、逆にペンタゴンに日本人が受け入れられたことは一度もありませんでした。そんな中、私が第一号として受け入れてもらえることになったのです。39歳のことです。

 両国のタイミングもあったとは思いますが、これまで国際舞台の片隅で地道に積み上げてきた信頼が実を結んだことをとても嬉しく思いました。ただ、個人的にはちょうど結婚しようと思っていたタイミングでもあり(苦笑)、まさか米国に受け入れてもらえるとは思っていなかったので、戸惑いました。でも、もうこれは行くしかない!と単身、渡米したのです。

英語で発信すれば国内にも世界にも同時に伝わる

 ペンタゴンでは広報の仕事を担当。米国の情報を世界に発信する役目です。日本でも国際広報をやっていましたが、もっとも違いを感じたのはやはり言葉の問題でした。日本では国内広報と国際広報とが分けられていましたが、米国では一つ。英語で発信すれば、同時に国内にも世界にも同じ言葉で伝わっていくのです。英語圏では当たり前のことなのですが、その同時性と直接性、世界との壁のなさに驚きました。

 ペンタゴンでの仕事は、世界中を見渡しているスケール、世界の安全保障の鍵を握っている重要度、すべてが刺激的でした。また、女性が多く、働くママが多かったことも印象的でした。そんな貴重なペンタゴン勤務を経て帰国後、結婚をして出産。私も働くママになりました。そして、子供を寝かしつけながら、そろそろ自分にしかできない仕事を始めよう、自分がいなくなった後の未来の世界に役立つことをしようと思い退職を決めました。上司や同僚たちはかなり驚いていましたね(笑)。

腐らない、投げ出さない、諦めない。そして準備を怠らない

 私の仕事のモットーは、決して腐らない、投げ出さない、諦めない。「Winners never quit and quitters never win.(勝つものはやめない)」という言葉が好きです。とにかく目の前のことを全力投球で取り組みます。

 私のキャリアを聞くと順調な人生だと思う人がいるかもしれませんが、実際は壁だらけでした。大学では帰国子女の友人たちの中で自分だけ英語ができなかったですし、通訳の仕事も手探り、男性のような体力もありません。やりたいことはあるけれど、うまくいかないことばかりでした。でも、やり続けることで乗り越えてきました。人は誰もが同じスタートラインから始まるわけではない。しかし、最初からすごい人はいません。だから私は、男性に体力で劣る分、体調管理には十二分に気をつけますし、与えられた仕事には最善の準備を怠らないように心がけています。

 ペンタゴンに着任して3~4日目に、突然「会議に出席してきてほしい」と言われたことがありました。会場に行くと机に私の名札も置かれていました。まさか席を用意されていると思っていませんでしたが、その会議について自分なりに準備をしておいたおかげで、その場で専門家たちと渡り合うことができました。

 チャンスがふってきた時にサッと対応できるようにしておくことで、次の扉が開きます。求められたことは快く引き受けて、少しでも希望を上回れるような仕事をする。するとまたチャンスが巡ってくることがある。そんな繰り返しなのだと思います。

夢を追い続ける

 私が学生時代に英語や国際政治を学びたいと思ったきっかけは、世界平和に貢献したい、という素朴な思いでした。今も世界で絶えない衝突や戦争も、ほとんどがミスコミュニケーションからはじまっています。

 世界共通のコミュニケーション言語である英語力を持つことはこれからの国際社会を生きる人たちには欠かせないでしょう。英語を日本人のもう一つの言葉に!すべての日本人が世界を舞台に活躍できる時代をつくりたい! これからもその夢を追い続けていきたいと思います。

取材後記

国際舞台で数多くの経験をしている中野さんにとって、忘れられない出来事があるといいます。「米国元大統領のブッシュさんが来日した際、歓迎式典の通訳を担当していたのですが、スピーチを終えた彼が私のところまで歩いてきて手を差し出して『Thank you for your help!』と言ってくれたのです。感激しました」。シンプルな言葉でダイレクトに感謝の思いを伝えることができる人は素敵です。ましてや国のトップがそのような行動をとるとは。国際社会が人と人とのコミュニケーションで出来上がっていることを感じるエピソードですね。

中野さんが代表をつとめるDLSの英会話メソッドが紹介されているホームページはこちら。 http://www.englishcore.net