仕事ゴコロ・女ゴコロ
5月

社内に眠る宝を発掘してファンを広げる

ティアック 執行役員/CMO(最高マーケティング責任者)

伊東 奈津子(いとう なつこ)さん

NTT、外資系広告代理店を経て、英国へ留学。社会心理学を学び修士号取得後、米ボーズ社日本法人入社。米国駐在などを経験しマーケティング統括を担う。その後、フランスの化粧品メーカーを経て、2014年より現職。広島県生まれ。
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広告・宣伝・マーケティング畑で25年。米国の音響機器メーカー、フランスの化粧品メーカーなど外資系企業の次に選んだ舞台は、ものづくり精神と技術力が自慢の日本企業。語り下手な老舗メーカーに眠る宝を掘り起こし、マーケティング部門の最高責任者としてファンづくりに挑む。

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"記録と再生"で世界を牽引する日本の音響機器メーカー

 ティアックは今年8月に創業65年を迎える日本の音響機器メーカーです。東京オリンピックではスローモーションVTRを手がけ、国内初のテープレコーダーも開発しました。海外進出も早く、創業間もない1950年代には米国からオーディオを大量受注。1977年に公開された映画『スターウォーズ』シリーズ第一作目の音づくりへの貢献やNASAのスペースシャトルへの搭載など、世界の音響シーンを牽引してきました。

 現在も音楽、医療、航空など幅広い分野でのBtoB事業と、高級オーディオ、レコードプレイヤーといった一般オーディオや音楽制作機器など、こだわりのある商品でBtoC事業を展開。"記録と再生"のプロフェッショナルとして創業の地である東京で事業を続けています。

CMOとして新しいマーケティング体制を始動

 私は4年前にマーケティング本部の立ち上げをまかされ、CMO(最高マーケティング責任者)としてティアックへ来ました。それまでのティアックはマーケティングも販売促進も事業部ごとに展開している、いわゆる"たて割り"の組織。コーポレートブランドと全商品ブランドのマーケティングを、統合的・全社的な視点で考えていくのは初めてのことでした。

 そんなマーケティング本部に対して、社内には期待の声と同時に懐疑的な意見もありましたが、それは当然です。かつて外資系音響メーカーで16年間マーケティングを担ってきた私には、やりがいのある仕事。新しいプロジェクトをゼロから作り上げていく楽しさ、ものづくりに真摯であるこの会社の魅力に背中を押されながら走り続け、今に至ります。

1対1で直接話すことで見えてきた、社内に眠る原石の数々!

 外部から来た私から見たティアックは、磨きがいのある原石の宝庫でした。現場の人達の話を聞けば「それはすごい!」というものがゴロゴロ出てくるのですが、本人たちは「当たり前のこと」と淡々と語るのみ。控えめで謙虚なあまり、自分たちの魅力を発信することに力を入れてこなかったのです。

 まず私がやるべきことは社内に眠っている宝を掘り起こすことでした。はじめの数カ月は様々な立場の社員と話すことに注力。経営者、ベテラン技術者、若手社員など60人以上と1対1で会い、仕事の内容や課題、抱いている夢などを聞いて回りました。国内はもちろん海外にも足を運びました。このヒアリングを通じて、ティアックの価値を顕在化させ、ファンを増やしていくための道筋を探っていきました。

信用されるために小さな結果を積み上げていく

 しかし外部から来た私が船頭をしている新しい部署では、他の事業部の情報をひとつ入手するのもすんなりとはいきません。最初の1年は特に大変でした。信用を得るために、まずは小さな結果を積み重ねていくことから始めました。各部署の「やりたいけれど、できていないこと」を聞いて回り、実現していったのです。

 例えば、事業がアジアに広がっている部署は「本当はWEBサイトに英語だけでなく中国語表記がほしい」と思っていました。そこで「それ、やりましょう!」と私たちが動いて形にしていく。そうした積み重ねで関係を築いていきました。

 一方で経営層とともに企業理念の再構築などコーポレートブランディングにも着手しました。2016年に「Recording Tomorrow」という、新しい企業理念を簡潔に表現したコーポレートタグラインを制定。WEBサイトを刷新し、SNSなどでの発信も強化しました。おかげで3年前に1.8万人ほどだったWEB会員数やSNSのフォロワー合計数が、今は20万人を超えるまでに増えました。

 また、ブランド再生のプロジェクトも推進しました。ブランディングや広報の強化だけでなく商品の開発段階から携わり、ターゲティングやコンセプト作りにも時間をかけました。まもなく発売するネットワークプレーヤー一体型スピーカーは"NEW VINTAGE"というコンセプトのもと、著名なテキスタイルデザイナーと組み、スピーカー部分の布地を多数そろえるなど、時代や感性に寄り添った質と芸術性を兼ね備えたものになりました。まだまだ道半ばではありますが、一歩ずつ前に進んでいます。

入社4カ月で出した辞表、ロンドン留学、メンターとの出会い

 私はティアックが5社目です。新卒で入社したのはNTTで、同期が2,000人いた時代。早く現場で働きたいのに研修ばかりの日々がもどかしく、わずか4カ月で辞表を提出しました。若かったなあと思います。幸い、懐の深い先輩方のおかげで辞めることなく1年後には本社勤務に。結果3年間務め、多くのことを学ばせてもらいました。

 広告の仕事をやりたかったので外資系の広告代理店へ転職しましたが、ほどなくして退社。もともと興味があり大学でも学んでいた社会心理学を深め消費者心理も学ぼうと、ロンドンへ留学しました。28歳でした。結婚適齢期ですし、実家では親がお見合いを考えていたようですが、それを振り切っての渡英。大きな決断でした。

 1年間の留学を終え、就職したのは米国の音響メーカー、ボーズ。ここで私がメンターと仰ぐ素晴らしい上司と出会い、マーケティングのいろは、仕事への責任感、組織論、人生観、ユーモアなどあらゆることを教えてもらいました。濃い日々でした。10年目にはディレクターになり、全プロダクトのマーケティングをまかされるようになりました。やがて男性20人のチームを率いる立場にもなり、自分でも「やりきった」と感じて社を去った時には16年が過ぎていました。

シビアな立場、苦しい日々を乗り越えた40代前半

 最も苦しかったのはボーズで過ごした最後の5〜6年。グローバリゼーション化という大きな改革を実施するため、米国本社に駐在経験もあり日本支社のディレクターだった私は、日本と米国のブリッジ役として奔走しました。米国のメンバーと一緒に考えることもあれば、日本のメンバーと一緒に日本の仕事のやり方への理解を本国へ求めることもあり、どちらにも深く入り込みながらも間に挟まれる、非常に難しい立場でした。

 そんな厳しい時期に結婚。シビアな仕事が続く状況で夫の存在は救いになりました。仕事の細部は話せなくても、帰宅して話し相手がいることにどれほど助けられたことか。聞き役に徹してくれたり、違う角度の視点でアドバイスをくれたり。夫も「あの時は大変だったね」と今でも言っています。

四角い働き方から、丸い働き方・暮らし方へ

 その後、それまで培ったノウハウを異なるプロダクトや市場で生かそうとフランスの化粧品メーカー、クラランスでマーケティングディレクターとして勤務後、ティアックに転職しました。

 働き方が変わってきたのはこの頃からです。例えるならば、それまでは"ガシガシの四角い働き方"で、これといった趣味もなければプライベートの時間もなく、24時間"ボーズの伊東"や"クラランスの伊東"でした。オンとオフの切り替えはおろか、オフを持ちあわせていませんでした。

 今は、祖母や母から教わってきた茶道や着物を嗜んだり、夫とともにワインやランニングを楽しんだり。会社の肩書きを離れて過ごす時間が多くなりました。例えるならば"丸い働き方・暮らし方"へと変わりました。現在毎日長い時間を過ごすオフィスが、多摩市の緑多い開放感あふれる環境にあることも精神的な丸みを育んでくれているように感じます。

 職場や年齢、時代背景などの取り巻く環境が変化していくなかで、この変化はおのずと生まれてきたものだと思います。私はイエス/ノーをはっきり言うタイプですが、流れにはあらがわずに乗っていきます。思えば結婚もそうだったかもしれません(笑)。流れは案外大事だと思っています。

常にもう少し視野が広がる場所を求めて

 私自身この先どのようなキャリアを重ねていくかわかりません。これまで様々な会社を経験してきましたが、いつも「少しでも視野が広がるところへ」と次の場所を求めてきたように思います。

 日本的な事業会社から外資系広告代理店へ移ったり、米国の音響メーカーからフランスの化粧品メーカーへ移ったり。国や文化、業種の異なる場所へ身を置くことで、世界は広がっていきました。ティアックではCMOという新しいポジションに立つことで、また違った景色を見ることができています。

 これからも働き続けたいですし、必要とされる限りは仕事に打ち込み貢献していきたいと思っています。一方で後進に席を譲ることも大切です。働くという意味では、必ずしも組織が必要ではないかもしれません。どこであっても常にチャレンジを忘れず、仕事を通じて人間的にも成長し続けていたいと思っています。

取材後記

ティアック本社のある多摩センターは、新宿から電車で30〜40分の東京のベッドタウン。ビルがひしめき合う都心の窮屈さはなく空が広々。そのうえオフィス内はなんと天井高20m以上という驚きの開放感。気持ちが丸くなるのも頷けます。「私はいわゆる“飲みニケーション”には行かないし、付き合いは悪いです」と笑う伊東さんですが、隣に座っていたチームメンバーから「そう言いつつも節目節目でちゃんと付き合ってくれています」とすぐにフォローが。チームワークの良さと信頼関係を感じました。

老舗メーカーの専門家たちの熱い思いを感じられるティアックのホームページはこちら。 https://www.teac.co.jp/jp/