仕事ゴコロ・女ゴコロ
9月

コメと農家の未来のためにコメ屋として「売る力」をつける

米処 結米屋/五ツ星お米マイスター

渋谷 梨絵(しぶや りえ)さん

IT(情報技術)企業勤務の後、2002年より家業のコメ屋を継ぐ。松屋銀座(東京・銀座)などで「米処 結米屋(ゆめや)」を展開。五ツ星お米マイスター、ごはんソムリエ、雑穀エキスパートなどのプロフェッショナル資格を持ち、各種メディアを通じてコメや雑穀の普及に務める。千葉県生まれ。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「新之助」「だて正夢」「いちほまれ」など新品種が次々とデビューし、注目を集めるブランド米。「五ツ星お米マイスター」をはじめ6つの資格を持ち、コメや雑穀の専門家として活動する渋谷さんは、IT企業勤務を経て家業を継いだコメ屋の3代目。時間を惜しんで田んぼや幼稚園、テレビ番組など数々の現場を飛び回る理由とは?

2018_09shibuya_collage.jpg

全国のコメどころから渾身の新品種が出揃う2018年

 2011年を境に日本の家庭でのコメの消費量がパンの消費量を下回り、日本人のコメ離れは進んでいます。しかし今、コメ業界はにわかに熱気を帯びています。昨年から、日本屈指のコメ産地である新潟、宮城、福井などから、県の威信をかけた新品種のデビューが続いています。

 背景には、気候変動に対応できる「暑さに強い新品種」が必要になってきた栽培現場の切実な事情があります。新品種の開発には長い時間がかかるため、各自治体は将来の温暖化を見据え10年ほど前から開発に着手。国による減反政策の廃止(2018年)、種子法の廃止(同)といった事情も関係して、この数年が新品種の発売ラッシュとなりました。
 
 近年の消費者の傾向としては、コメに「モチモチ感」を求めるだけでなく、しっかりとした「粒感」を求める人も増えています。また、お弁当用の需要が根強いことや、家庭内に時間差で食事する機会が増えていることなどから、冷えても美味しいコメを求める人も多いです。業界では長らく誰もが「新潟県産コシヒカリ」を超える品種づくりを目指してきましたが、消費者の嗜好の多様化や生活スタイルの変化に応じて個性のあるコメが誕生してきました。好みや用途に合わせてコメを選べる時代を迎えています。

本業はコメ屋。3代目として15年

 私は「五ツ星お米マイスター」という肩書きのもと、テレビ番組でコメンテーターを務めたり、本の執筆をしたり、企業の商品開発を手伝ったりと幅広く活動していますが、本業はコメ屋です。祖父が千葉県ではじめたコメ屋の3代目として、地元百貨店に店を構えていた父の商いのスタイルを受け継ぎ、現在、東京と神奈川の百貨店内に「米処 結米屋(ゆめや)」という店舗を構えています。
 
 かつてコメは限られた販売業者しか扱えないものでしたが、私が家業を継いで間もない03年に制度が変わって届出制となり、スーパーマーケットなどでも扱えるようになりました。数ある選択肢から私たちの店を選んでもらうにはどうしたらよいか。15年たった今でも模索は続いています。

システムエンジニアとして夢中で働いた20代前半

 社会に出た2000年代初頭はITバブル時代。大学でコンピューターサイエンスを学んだ私は新卒で大手通信系IT企業に就職し、システムエンジニアとして働きました。新しい業界で会社も若くて勢いがあり、皆が寝食を忘れて夢中で働いていました。やりがいも充実感もある一方で「食事もままならないこの生活は長くは続けられないかもしれない」と感じていた矢先、父ががんで倒れました。私は会社を辞め、闘病生活を支えながらコメ屋を手伝うために実家に戻りました。20代半ばのことです。

 父の闘病は多くのことを教えてくれました。父はお酒もタバコも好きで、食事にもさほど気を使わず自由に生きてきた人。病気がわかってから、母は玄米や雑穀を使った料理を毎日工夫して作り、食生活を一新しました。しかし、病気になってから生活を変えても追いつかないのです。何十年も続けてきた不摂生を悔いても体は戻ってくれません。4年余りの闘病の末、父は亡くなりました。

 幼い頃からの食習慣や日々の食事がどれほど大切か。この時の経験が、コメ、雑穀、薬膳、発酵食など今の私を支える知識の基礎となり、現在の活動の源になっています。

農家から煙たがられ、銀行からは融資してもらえず・・・

 コメ屋の3代目として本格的に仕事を始めてみたものの、20代の女性が社長を名乗って取引したいと言っても、農家には煙たがられ、銀行からは融資を得られず、悔しい思いが続きました。

 そこで、若くても、また女性であっても社会が認めてくれる一助になればと「お米マイスター(日本米穀小売商業組合連合会認定)」という資格試験に挑戦。当時20代の女性で初となる最高資格「五ツ星お米マイスター」を取得しました。これがその後の事業の発展と幅広い活動の足がかりになりました。

農家と一緒に生きていく!

 コメについて学びながら、できるだけ生産地に通って農家の方々と顔を合わせ、店頭に立ちお客様の声に耳を傾けるうちに、作る人と食べる人の間にいる立場として、伝えることの重要性と「売る力」の必要性を痛感しました。

 農家の方と話すようになってよく耳にしたのが「コメだけでは食っていけない」という言葉でした。コメ農家の方々の計算には自分たちの労賃が入っておらず、文字通り身を削ってコメ作りをしている人が多いのです。主食であるコメが正当に値付けされていないことに強い疑問を感じました。

 コメをとりまく経済をきちんと成立させる。農家と一緒に生きていく。そう心に決め、「来年もコメ作りができる値段をつけてください」と言い続けています。そのうえでコメ屋として商売を成り立たせ、自社の30人余りのスタッフを養っていくためには「売る力」が不可欠です。

コメ屋の範疇を超えて表舞台に立つ覚悟

 農家がコメを作る職人なら、自分はコメを売る職人でありたい。そんな思いで「できる限りのことをしよう!」とチャンスがあれば様々な場に出ていくようにしました。お米マイスターとして企業CMに出演したことをきっかけに、テレビ、新聞、雑誌などのメディアでコメや雑穀について語る機会をいただくようにもなりました。

 活動の幅はさらに広がり、米ぬかや雑穀を使った商品の開発、幼稚園や保育園での食事アドバイス、QVC(24時間テレビショッピング)への出演など、いわゆるコメ屋の仕事の範疇(はんちゅう)を超えた活動も増えています。

 「コメ屋が表舞台にしゃしゃり出るのはどうなのか」という葛藤は常にあります。メディアに出ることで厳しい意見にさらされることもあります。でも、これがコメ業界の適正な経済活動の維持につながり、同時に多くの人にコメの魅力や食の大切さが伝わるならば意味があると信じています。

 とにかく日本人にもっとコメを食べてほしいです。「毎食をごはんに!」とは言いませんが「3食のうち1食はこはんを食べてほしい」という願いを込めて、声がかかる限りはコメの専門家として、ありとあらゆる方向で表に立って活動していこうと思います。

遅咲きするはずの自分を楽しみに!

 「そんなに働いてばかりで楽しい?」と友人に問われることがあります。確かに忙しい日々ではありますが、母親が責任を放棄することなく子育てをするように、私にはコメという愛しい存在があり、農家さん、お客様、一緒に働くスタッフという背負うべき大切な人たちがいます。

 幸い、活動の内容がバラエティに富んでいるため飽きることがなく、今は一つひとつのミッションをまるでゲームをクリアしていくように楽しんでいます。占いができる方から「渋谷さんは遅咲きの人」と言われたことがあります。「いったい私はいつ咲くのかしら?」と思いつつ、50代60代を迎えた頃に花開くことを楽しみに、まだまだ頑張っていこうと思っています。 

取材後記

取材に訪れた松屋銀座の店頭では、量り売りのコメや雑穀が並び、精米機が音をあげていました。渋谷さんに好みのコメを聞くと「あっさり味のしっかりしたコメが好きです。商品選びはもちろん私の好みだけで決めませんが、評判がよくても自分が食べて納得できなければ扱いません」ときっぱり。さらに注目の新品種について尋ねると「山形県『つや姫』の弟分として今年デビューの『雪若丸』は一粒一粒しっかりしています。そのままでもおいしいですが丼ものやカレーライスにも向いています。価格も比較的リーズナブルです。また、コシヒカリを生んだ福井県が今秋発売する『いちほまれ』はコシヒカリの魅力が全方向にひとまわり大きくなったようなコメ。注目です」とのこと。新米の季節、新品種の食べ比べをしてみたくなりました。

渋谷さんのオフィシャルブログはこちら https://ameblo.jp/rie-shibuya/