仕事ゴコロ・女ゴコロ
10月

デジタル教科書づくりは言葉や映像の専門家たちとのチームプレー

東京書籍 ICT第一制作部

荻沢仁美(おぎさわ ひとみ)さん

文学部を卒業後、2012年、東京書籍に入社。小学校、中学校、高校の国語や書写のデジタル教材づくりを担当。手がけた小学校書写の映像教材は2015年度の視聴覚教材のコンクールで最優秀作品賞(文部科学大臣賞)を受賞。茨城県生まれ。
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来年春に施行される改正学校教育法で、タブレット端末などで読む「デジタル教科書」が、これまでの紙の教科書と併用して小中高の授業で使えるようになる。教育現場のデジタル化が加速しそうだ。1909年(明治42年)創業の教科書出版の老舗、東京書籍(東京・北)で国語や書写のデジタル教材を企画制作する荻沢さん。多彩な専門家との協働が欠かせないデジタル教科書づくりの舞台裏、仕事への思いを聞いた。

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4年に一度、改訂される教科書

 日本では長らく少子化傾向が続いていますが、小中高および特別支援学校用の教科書の需要冊数は、年間で1億3000万冊を超えます(2014年時点)。そのほとんどが民間の出版社で作られています。文部科学省の検定や教育委員会などの検討を経て、採択された教科書が子供たちへと届けられます。

 教科書は概ね4年ごとに改訂されます。小中高で改訂年がずれているため、毎年いずれかの教科書の改訂が行われています。

 これまで学校教育法で正式な教科書と定められていたのは、紙の教科書だけでした。しかし、来年の春からはデジタル教科書も併用して授業で使えるようになります。制度化されたことで、デジタル教科書の需要も高まり重要性が増していきそうです。

紙の教科書をベースに、デジタルならではの表現を探る

 私は入社以来、デジタル教材づくりを担当しています。小中高の国語、小学校の書写などを手がけてきました。今は2020年度の小学校国語の準備を進めています。20年度は小学校の新しい学習指導要領が全面実施され、デジタル教科書の本格普及が見込まれるため、時間をかけて取り組む予定です。

 これまでに制作したデジタル教材の内容や構成は、紙の教科書がベースになっています。教科書の編集部、編集委員の先生方と検討を重ね、学習過程で子供がつまずきやすい部分を音声や映像などのデジタル表現でどうサポートできるかを考え、作ってきました。

先生の苦手分野もフォロー

 小学校では1人の先生が国語や算数、体育に至るまで複数の教科を指導します。当然、先生によって不得手の分野もあり、そんな時にはデジタル教材が役立ちます。例えば書写では、それぞれの文字の運筆(書き方)はもちろんのこと、筆の持ち方、後片付けの方法なども映像で紹介します。運筆も真上からのアングルと手元のアップ、両方の映像を用意します。

 映像を活用することで、授業中に先生が机間巡視(きかんじゅんし)する時間が増え、子供一人ひとりにきめ細やかな指導をすることが可能になります。指導の質を保ったり先生の負担を軽減したりする助けになります。

先生にも子供にも魅力ある教材を

 数ある教材の中から選んでもらうには、まず先生たちに納得してもらわなければいけません。実際にデジタル教材を使っている授業を見学する機会も多いのですが、子供の反応がよく授業が盛り上がると、先生も使い続けたいと思ってくれるようです。

 先生の中にはデジタル教材にハードルを感じる方もいます。私も個人的には紙と鉛筆が好きです。私たちに一番身近な紙や鉛筆のように、シンプルで誰でも扱えて自由度も高いデジタル教材を作ることが、今後の課題のひとつです。

 教材は授業で使ってもらってこそ真価を発揮します。子供たちに魅力的な教材であることが不可欠です。例えば、古典は、子供にとって馴染みの薄いものです。そこで映像では、個性的な作家がおもしろおかしく現代語訳した源氏物語の朗読を紹介するなど、興味を抱かせる工夫をしています。教材がきっかけになり、作品や勉強に興味が沸けば嬉しいです。

「荻沢さんのためなら」と思ってもらえる信頼関係を築く

 デジタル教材の魅力のひとつは、楽しさを演出できることにあると思っています。紙ではできない様々な仕掛けを盛り込めます。以前、中学校の国語の教材として、ディスカッションやプレゼンの能力を養うためのドラマ仕立ての映像を作りました。紙の教科書に載っている中学生のイラストに似た子役たちをオーディションで選び、約1カ月かけて撮影しました。演者、監督、カメラマン、照明さん、音声さん、CGデザイナーなど、多くの関係者とともに作り上げた、忘れられない大プロジェクトでした。

 魅力的な教材を作るためにはたくさんの専門家の力が必要です。担当者だけでは絶対に作れません。ビジネスなので会社対会社ではありますが、人対人として信頼関係を築けるよう心がけています。以前上司に言われた「荻沢さんのためなら、と思ってもらえるようになりなさい」との教えを大切に、周囲への感謝の気持ちを忘れないことが、より良い教材づくりにつながると信じています。

文学を好きになってほしい!という思いが生んだ新商品

 私は文学が好きです。東京書籍では、誰でも新商品の企画を提案できる場があり、数年前、文学案内のiPadアプリを提案しました。最初は不採用でしたが、ターゲットや切り口を変えながら提案を続け、パソコンソフト「デジタル国語便覧」という形で商品化にこぎつけました。2年がかりで古典文学編と近現代文学編という2つの商品を完成させ、近現代文学編は2018年度の一般財団法人日本視聴覚教育協会の映像教材のコンクールで優秀作品賞を受賞しました。

 映像をふんだんに使って作品の魅力を伝えたり、有名な古典作品の冒頭の暗唱に役立つコンテンツや文学クイズを収録したりと工夫を凝らしました。また、文学案内のコンテンツとして、レストランに見立てて料理を選ぶように、気分や目的にあわせて作品を選べる「文学のすすめ」というコンテンツも盛り込みました。文学案内は発案当初からやりたかったので、嬉しかったです。一人でも多くの人に文学を好きになってほしいという思いを込めて作りました。

好き嫌い関係なく網羅されているからこそ出合いがある

 国語の教科書には長い歴史の中から第一線の文学者や教育者たちが選んだ「これぞ!」という作品が集められています。いわば珠玉のメッセージ集です。そこには、文学に限らず、宇宙、生物の進化などをテーマにした文章など素晴らしい作品が網羅されています。自分からは手を伸ばさない分野にも出合えるのが魅力です。

 大人になると教科書に触れる機会はなくなります。ましてやデジタル教材を見る機会は授業参観くらいしかないかもしれません。でも、教科書はお子さんがいる家庭では身近にありますし、書店でも手に入ります。機会があったらぜひパラパラとめくってみてください。きっと大人にとっても新鮮な出合いがあると思います。

取材後記

数十年ぶりに手にした国語の教科書はかつて自分が使っていたものとは異なり、上手なプレゼン方法などの実践的なノウハウが盛り込まれていることに驚きました。数年後にはこうした教科書で育った若者たちが社会に出てくると思うと興味深かったです。幼稚園の頃からずっと本好きという荻沢さん。直近では「東京都美術館で藤田嗣治展を見て、フジタの伝記を読みました」とのこと。今秋は、国語や美術の授業を思い出しながら芸術を楽しみたいと思いました。

東京書籍のホームページはこちら https://www.tokyo-shoseki.co.jp/