仕事ゴコロ・女ゴコロ
12月

正解がないからこそ創り続ける。日本の「香りビジネス」を支える調香師

高砂香料工業 フレグランス研究所所長/調香師

平野 奈緒美(ひらの なおみ)さん

大学を卒業後、渡仏し調香専門学校イジプカで香りを学ぶ。1990年、高砂香料工業入社。調香師(パフューマー)として数々の化粧品やトイレタリー商品の商品開発に携わる。2017年より現職。福島県生まれ。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日々私たちはシャンプーやトリートメント、柔軟剤、ハンドクリームなど、様々な香りに包まれ暮らしている。そんな香りを創りだすのが調香師。日本の香料業界の草分けである高砂香料工業(東京・大田)でフレグランス研究所所長を務める平野さんに、調香師という稀有(けう)な専門職でキャリアを重ねる道程を聞いた。

2018_1_collage.jpg

日本の香料ビジネスを牽引してまもなく100年

 高砂香料工業は1920年に日本初の合成香料製造会社としてスタート。まもなく創業100年を迎えます。現在は世界27の国と地域で、原料調達から製造、販売、研究開発まで、香りに関する幅広い事業を展開しています。BtoB事業が主のため、個人のお客様と直接関わることは少ないですが、様々な食品や商品を通じて皆さんの暮らしとつながっています。

 私が所長を務めるフレグランス研究所は、香水や化粧品、トイレタリー製品などに用いる香りの研究開発と商品開発のサポートを行います。研究所には、社内ではパフューマーと呼んでいる香りを創る調香師、香りの評価を行うエバリエーター、香料を混ぜ合わせるブレンダー、応用開発する技術チームなど多彩な専門家が揃います。私は20年以上パフューマーとして仕事を続け、1年半ほど前に所長に就任。研究所全体を見る立場になりました。

5〜10年学んでようやく一人前のパフューマー

 調香師という職業は日本では資格制度もなく、あまりなじみがないかもしれません。弊社のパフューマーの多くは大学で化学・薬学系を学んだ人がほとんどです。皆、入社してから香りを学び、パフューマーとしての感覚を磨いていきます。

 香りの原料はベーシックなものだけでも1000種類以上あり、そこから必要な原料を選びバランスを考え調合して理想とする香りを創りだします。そのためには、香りの分類やそれぞれの特徴、組み合わせた時の香りの変化などを熟知していなければいけません。香水の香りをかいで香料の配合を読み解く通称「鼻コピー」などの訓練を重ね、5〜10年かけてようやくクリエイション(創香)ができる一人前のパフューマーになります。

 私がこの仕事を始めた頃はパフューマーのほとんどが男性でした。今は半数以上が女性です。アウトプット先となる商品が女性をターゲットにしたものが増えたことも理由のひとつです。女性が所長を務めるのも私が初めてです。

情報が少ない時代、自力で道を切り開き単身渡仏

 私は幼い頃から香りへの興味が強く、香りに携わる仕事に就きたいと思っていました。しかし日本には香りを学ぶ学校がなく、情報もほとんどありませんでした。大学も文系学部に進んでいました。

 そんな中、フランスに香りを学ぶ専門学校があること、ニナリッチやディオール、ゲランなど香水が有名なブランドの調香師たちが皆その学校の出身者であることを知りました。フランス大使館に問い合わせるとパリ郊外のヴェルサイユに学校があることがわかり、進む道が定まりました。

 大学を卒業して約1年フランス語を勉強し、単身渡仏。専門学校へ入る手がかりを求め、まずは香りの街として知られる南仏のグラースに近いニースを目指しました。目的と情熱を持っている者には助け舟が現れるもので、ありがたいことに様々な人にサポートしてもらいながら、憧れの専門学校に入学できました。

 その後2年間、たっぷりと本場で香りを学びました。そして学校のカリキュラムの企業研修を通じて高砂香料のフランス支社へ行ったのです。それが私と高砂との出会いです。そのまま就職し、本当は仏国に残りたかったのですが日本の本社勤務となり帰国しました。

正解やゴールはない。続けるしかない

 パフューマーはなりたくても全員がなれる仕事ではありません。創った香りが認められなければ仕事になりません。若い時には「私には向いていないのかも・・・・・・」と思うことがありました。社内コンペで自分の香りがなかなか採用されないスランプの時期もあり、仕事を辞めたくなったこともありました。

 でも私にとって香りを創ること自体がとても楽しく、何にもかえがたいのです。自分でやりたくて入った世界。「創り続けるしかない」と香りと向き合っていたら、二十数年が過ぎていました。香りには正解やゴールはありませんが、時折、思い描く香りがバシッと決まる時があります。その瞬間の充実感、喜びはたまりません。大変で苦しいけれど本当に楽しい仕事だと思います。

上に立つ自分がまず元気で楽しく働こう!

 一社員としてパフューマーをしていた時は、会社に所属しながらも個人商店の店主のような感覚でした。ある意味、香りに向き合っていればよく、できることならばずっとパフューマーの仕事だけを続けたかったです。「所長になってほしい」と言われた時はかなり抵抗しました。役員宛に辞退を願い出る手紙を書いたほどですが、最終的には説得され現職に就きました。私もそろそろ50代、これもひとつの節目かなと思い、拝命しました。

 所長になりまず考えたのは、公平に誰もが力を発揮できる環境をつくろうということでした。これまでの組織をむやみに変えることなく、うまく機能しているものはそのまま継承。改良の余地がある部分は、感情を持ち込まずビジネスという客観的尺度をもって調整していきました。

 今は、自分が明るく元気でいることを心がけています。皆が想像以上にマネジメント層のことをよく見ていることに気づいたからです。上の人間が元気で楽しそうに働くことは大事です。些細(ささい)なことでも皆とコミュニケーションをとり、率先して楽しく仕事をする。これが案外大きな役割だと感じている毎日です。上に立つ人によって組織全体の雰囲気は変わります。

家でも夫婦で香りの話をします

 パフューマーである夫とは社内結婚です。家でもよく香りの話をしますし、サンプルを持ち帰って2人で香りを比べたり試したりすることもあります。会社と生活の場では香りの感じ方も変わるので、いいヒントを得られます。こうして夫婦で香りの話ができるのは嬉しいです。

 鼻を使う仕事のため、出勤時に香水をつけることはありませんし、昼食に香りや刺激の強いメニューも選びませんが、それ以外はごく普通の暮らしです。休日には気分にあわせて香水をつけて出かけます。香水にはフローラル系、オリエンタル系などいくつかの系統があります。私はゲランの「ミツコ」に代表されるようなミステリアスなシプレ系が好きです。

香りをコンサルティングする時代へ

 この10年ほどで日本でも数多くの生活用品に香りが使われるようになり、今、フレグランスビジネスは飽和状態を迎えつつあります。これからは香りをコンサルティングすることが求められてくるのではないかと思います。グローバルに展開するホテルやブランドショップなどでは、香りで空間をコーディネートしているところもあります。心理的な作用も多彩なので、上手に使い分けることでリラックスできたり集中できたりするのも香りの魅力です。

 また、香りは記憶と結びついていることが多く、かぐと懐かしく感じたり、誰かの顔が浮かんだりするのも面白いところ。私はムスクの香りをかぐと母を思い出します。香りは生活を豊かにしてくれる素晴らしい存在です。研究所の長としてしっかり組織と後進をみながら、パフューマーとしてもクリエイションを続け、1人でも多くの人に香りに親しんでもらえるよう力を尽くしたいと思っています。

取材後記

神奈川・平塚にあるフレグランス研究所の敷地内にはバラ園があり、ほのかなバラの香りを楽しむことができました。平野さんが香りに興味を抱いたきっかけは「小学6年生の頃、いただきもののフランスの石鹸を使って『なんで石鹸がこんなにいい香りなの!?』とびっくり。確かサンダルウッド系の香りでした」とのこと。具体的に香りを覚えているところがさすがです。「大人になって妹に『昔からよくいろんなものの匂いをかいでいたよね』と言われたので、香りへの興味はずいぶん昔からのようです」と笑います。幼い頃の驚きと好奇心が今の仕事につながったそうです。

高砂香料工業のホームページはこちら https://www.takasago.com/ja/