仕事ゴコロ・女ゴコロ
3月

“女性初”新水先制度第1期生として「水先人」の未来のために

東京湾水先区水先人会 水先人

西川 明那(にしかわあきな)さん

東京海洋大学卒業後、水先法改正を受け2007年に同大学が始めた水先人養成コースに第1期生として入学。11年、国家資格を取得し東京湾水先区水先人会三級水先人となる。15年より二級水先人。京都府生まれ。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

多くの船舶が行き交う東京湾とその港周辺で、その海域のプロフェッショナルとして船に乗り込み船長に代わって湾内の航行を指揮する水先人(みずさきにん、パイロット)。日本には35の水先区(みずさきく、水先人が業務を提供する水域)があり、670人余りが日々海上交通を支えている。女性第1号の水先人で、世界屈指の難水域である東京湾を舞台に活躍する西川さんに話を聞いた。

2019_03_collage.jpg

世界屈指の船舶の数・種類が行き交う東京湾

 水先人の仕事は、ひとことで言うと船長のアドバイザーです。船舶は世界中の港を行き来しますが、どれほど優秀な船長でも世界中のあらゆる港の特徴を理解し、刻々と変わる天候、その時に港を行き交う他の船舶の状況を把握することはできません。そこで、その海域のプロフェッショナルである水先人が東京湾の入り口で船に乗り込み安全に効率よく、港内へと案内します。

 日本では水先人は所属する水先区が決まっています。それは、海面下に広がる海底の地形や水流が地域によって異なり、ひとつの海域を専門に取り組まなければ職務を全うできないほど専門性を求められる仕事だからです。なかでも詳細な水深の把握は必須です。免許取得にあたってはどの水先区で仕事をするかを決めて国家試験に臨みますが、その海域の詳細な海図を描ききらなければいけません。

 私が働く東京湾は航行する船舶の数と種類の多さは世界屈指。貨物船、タンカー、大型クルーズ船、米海軍船、プレジャーボート、漁船など、出入りしない船がないといっても過言ではありません。水先人の乗船が義務付けられていない船舶もあり湾内はかなり雑多で、朝夕は特に混み合います。そんな東京湾では安全と効率の両立が求められます。

法改正で未来が変わった

 かつて水先人という職業は、豊富な航海経験を持つ船長達の第ニの職場でした。免許取得の要件に「船長として総トン数3000トン以上の船舶に3年以上乗り込んだ経験があること」などが定められていました。しかし、2006年に水先法が改正され、船長経験がなくても免許を取得できる新しい道ができました。

 法改正された当時、私は海洋大学で航海士を目指し学んでいた大学3年生。その頃すでに女性航海士が活躍していたので、自分も航海士として船に乗って仕事をするか、または、深海の調査などを行う研究機関で陸上業務をするか、いくつかの進路を考えていました。そんな矢先、思いがけず「水先人」という選択肢が登場したのです。迷わず2年半の養成コースへ進みました。

女性であることよりも、新水先制度第1期生であることの大変さ

 養成課程を修了し国家試験を経て、新制度の第1期生として晴れて三級水先人のキャリアをスタートしました。東京湾では同期7人のうち、私を含めて2人が女性第1号の水先人です。ただしもう一人の女性は船に乗っていた経験者。船乗り経験なしで免許をもらった水先人で、しかも女性という初めて尽くしの私は「ここにいていいのだろうか」と思いながらも、とにかく頑張るしかありませんでした。

 「女性で苦労したことはないですか?」とよく聞かれますが、女性の水先人誕生よりも、新制度で船乗り経験のない水先人誕生のほうがこの業界の一大事でした。じつは水先人は会社員ではなく一人ひとりが国家資格を持った個人事業主。各水先区の水先人会に所属し仕事をします。新制度では三級から一級までの階級ができ、扱える船舶の大きさなどに制限がありますが、70歳の大先輩も私たちも肩書きは同じ「水先人」。部長も課長もありません。全員が横並びで、日々シフトを組んで仕事に当たっています。

 そんな会社組織ではない、いわば職人の集合のような水先人会が法改正によって突然、新米水先人の面倒をみることになったため、どう仕事を教えたらいいか、一人前に育てるにはどうしたらいいか、受け入れる先輩たちこそ大変な苦労があったと思います。現場経験のない私たちにゼロから徹底的に仕事を教えてくれた諸先輩方には感謝しかありません。

ピンチも悔しさも笑いも、一期一会の現場で味わう

 1年間はシニアと呼ばれる先輩と一緒に船に乗る「共同操船」を行い、その後は一人で船に乗り込み仕事をします。独り立ちしたばかりの2年目には、たくさんの忘れられない経験をしました。

 ある時は、横浜ベイブリッジの下の航路を進んでいたところ、船長から「エンジントラブルが発生しているからすぐにエンジンを止めたい」との要請が。飛行機の滑走路と同じように海にも航路があり、すぐ後ろには次の船が続いています。航路上で船が立ち往生すると港内が閉塞状態となり甚大な影響が出てしまいます。なんとか航路の外まで船を進めてから止めようと、船長から航行可能と告げられた5分で船を航路外へ出しました。後でわかったことですが、エンジンルームから油が噴き出していたそうでかなり深刻な事態でした。ことなきを得てよかったです。

 またある時は、船に乗り込んだ若い女性水先人である私を見て船長は明らかに不信感を抱いたようで、冷たい態度に。その航行の途中、多数の船が切れ目なく続けて航行している所を横切らなければならない場面に遭遇しました。航行している船の速力差や進路などを見て、どの船の間を横切るのかを決断し、大胆に舵をきって無事に横切り終えた途端、船長の態度が一変しました。世界にはライセンスだけでは納得してもらえない相手がいること、目の前の仕事でしっかり応えていくことの重要さを感じました。

 この仕事は一期一会。同じ船長の船に乗り合わせることはとても珍しいですが、ある船でインド人の船長に「君を知っているよ」と言われてびっくり。「うちの社内報で見たんだ」と。そういえば「女性の水先人が珍しいから写真を撮らせて。社内報に載せていいかい?」と言われたことを思い出しました。まさか本当に載っていたとは知らず、驚きました。世界の海はつながっています。

先輩たちから聞いた経験談がお守り

 海の上では常に水先人同士がトランシーバーで連絡を取り合います。東京湾水先区には現在約180人の水先人がいますが、全員の名前や声も頭にしっかり入っています。水先人だけでなく、船のクルー、海上保安庁の職員、船会社の代理店員や港のオペレーターの人たちとの連携も大切で、万が一の時の判断材料を増やすためにも、助け合うためにも、日頃からのコミュニケーションが肝心です。一人で仕事をしているけれど一人で走っているわけではない。そんな思いで日々船に乗っています。

 心がけているのはたくさんの人の話を聞くこと。この仕事は正解が一つでない上に、シチュエーションも毎回異なります。腕を磨くには数をこなすしかありません。まだ経験の少ない私にできるのは、話を聞き先輩方の経験をもらうことだと思っています。経験談を聞いていたおかげで対処できたトラブルがこれまでどれほどあったことか。先輩たちの話は大切なお守りです。

最善のジャッジを支える健康と度胸

 「西川さんは度胸がある」と言われます。水先人の仕事はジャッジする場面が多いです。確かに度胸はあるほうかもしれませんが、決断を下すのはいつだって怖い。でもそれ以上に怖いのは、ジャッジできず頭が真っ白になってフリーズしてしまうことです。シニアと共同操船していた時に一度だけ何も考えられなくなってしまったことがありました。決められないことは危険に直結します。絶対に避けなければいけません。

 常に神経を集中させ続けることは難しいですが、ここぞという瞬間にしっかり感覚を研ぎ澄ますこと。時には第六感のような動物的感覚に頼ることも必要だと思っています。いつでも最善のジャッジができるよう、健康と度胸は保ち続けたいです。

水先人の技を受け継ぎながら、未来のために新しい一歩を

 水先人となって8年が経ち乗船数も2000隻を超えました。昨年からは共同操船にシニアとして乗り込むようになり、後輩の操船をヒヤヒヤしながら見る立場になりました。現在、水先人の平均年齢は高く、毎年十数人が引退していきます。職人技ともいえる水先人の技術を多くの先輩方から受け取った世代として、これから何をどう後輩たちに伝えていけばいいのか考える日々です。

 自分が経験した大変さをそのままそっくり渡すのではなく、自分の中できちんと咀嚼(そしゃく)して伝えていきたいと思うのですが、どうしたらいいのか正直まだわかりません。まずは私がこれまでその場その場で仕事を教えてもらったように、日々の現場で伝えていきたいと思っています。

 私はこの仕事が好きです。辞めたいと思ったことは一度もありません。今は二級水先人なので一級を目指しています。一級進級試験などの詳細は未定ですが、新制度三級入会第1期生のための進級養成課程に関しては、近々実施される予定と聞いています。準備だけは怠らず勉強していたいと思います。

 待つばかりでなく自分たちもルール作りに参加しています。今後女性の水先人が結婚や出産を経ながら働き続けるための制度を整備中です。私自身この先どんな人生の岐路があるかわかりませんが、その時々で働き続けられる方法を探し、できるところまで水先人を続けたいと思っています。

取材後記

神奈川県・横浜市にある海辺の事務所で行われた今回の取材。目の前には横浜ベイブリッジが横たわり、海上には客船や貨物船が浮かんでいました。日本初の女性水先人の話を、と始まったインタビューでしたが話を聞くほどに、水先人業界の大変革期の中で誕生した新時代の水先人であることに大きな意味があることがわかりました。就職活動を始めるタイミングでの法改正。巡り合わせともいえる西川さんの稀有(けう)なキャリア。輸出入の99.7%以上が海上輸送である日本の経済を支えている水先人というプロフェッショナルたち。日本の水先人の未来と、西川さんのこれからの活躍に注目し続けたいと思いました。

「東京湾水先区水先人会」のホームページはこちら http://tokyobay-pilot.jp