仕事ゴコロ・女ゴコロ
2月

そこに仕事があるからやる。「地熱発電」のエキスパートは常に自然体

富士電機株式会社 発電プラント事業本部 プラント技術課長

武藤 寿枝(むとうとしえ)さん

1999年、富士電機に入社。発電プラントのエンジニアリング業務に従事。2006年よりプロジェクトマネージャー。16年より現職。埼玉県出身。
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世界中で必要不可欠な電力。地球温暖化防止に向けて、太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーが注目される中、日本が世界をリードしてきたもののひとつに地熱発電がある。世界の地熱用タービンの約7割は日本製だ。その一角を担う富士電機で、地熱発電プラント事業の中心にいる武藤さんは、世界最大出力を誇るニュージーランドの発電プラントを手がけた地熱発電のエキスパート。現在は13人を率いる課長であり、2児の母でもある。その仕事哲学やキャリアの舞台裏を聞いた。

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「地熱発電」は地球がボイラー代わりです

 火力、水力、地熱。いずれも発電の仕組みは同じです。タービンや水車を回し、発電機で発電します。例えば、火力発電では石炭やバイオマスなどをボイラーで燃やして蒸気を生みます。地熱発電では何かを燃やすのではなく地球の内部エネルギーで水が蒸気になる。いわば地球がボイラー代わりです。

 地熱発電が可能な場所は、蒸気や熱水を取り出せるところです。日本を含む環太平洋地域やヨーロッパの地熱地溝帯にある地域が主な市場となります。火山国である日本は地熱資源に恵まれている上、近年は再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の後押しもあり地熱発電は増えています。

 富士電機は世界市場に強く、地熱発電の世界シェア約40%を誇ります。地熱発電設備の一部である蒸気タービンや発電機などを単体で提供することもあれば、地熱発電プラントを丸ごと手がけることもあります。地熱発電プラント建設となると100億円規模の大プロジェクトになります。EPC(Engineering, Procurement and Construction)と呼ばれる丸ごと一括請負ができるのは私たちの強みです。

世界最大級のプラント建設をたて続けに担当

 初めて地熱発電プラントのEPC案件を担当したのは、入社7年目。ニュージーランドの案件で、最大出力100メガワットという巨大プラントの建設でした。それまで台湾や北米に向けて設備単体を売ってきたことしかなかった私にとって、初めての経験ばかり。EPCではやるべきことが多く、蒸気タービン・発電機はもちろん、発電プラント全体の計画、設計、製作、建設まですべてを担います。土木や建築の知識も必要になりました。まるで入社1年目に逆戻りしたような、新鮮な気持ちで取り組みました。

 これに続き、同じニュージーランドで、世界最大出力140メガワットを誇る地熱発電プラント「ナ・アワ・プルア」も受注することができ、エンジニアリングのリーダーとして奔走。規模もさることながら、美しい配置のプラントを造ることができました。会社にとっても私個人にとっても意義深いプロジェクトになりました。

仕事はやるもの。好きも嫌いもない

 業務について自分から「これがやりたい、やりたくない」と言ったことはありません。私のことを「仕事が好きな人」だと思っている人が社内に多いらしいですが、好きでも嫌いでもありません。そこに山があるから登る登山家と同じく、そこに仕事があるからやる。与えられたことに抵抗するよりは乗っていきます。「モチベーションを上げる」というような感覚もありません。

 でも、やる以上は一生懸命やります。「お客さんに対していい仕事をしたい」「仕事はみんなと楽しくやりたい」という思いは、20代の頃からずっと持ち続けています。

 昇格試験も、ある年齢になり推薦されれば受けるべきものと思ってやってきました。30代半ばで幹部試験を促された時は、さすがにまだ若すぎるのではないかと思いましたが、子育てしながら試験勉強はできなかったと思うので、結果的には早めに受けておいて良かったです。

課長は5年で変わった方がいい

 課長になって2年半が過ぎました。私には「課長5年ルール」という持論があります。課長はプロ野球チームの監督みたいなもので、どうしても自分のプレースタイルに合った人を重用してしまいます。同じ課長がずっと上にいると、プレースタイルの合わない人は窮屈な思いをしたままです。同じプレースタイルが続くと、組織は活性化しません。実務を担うプレーヤーをまとめる立場の人間は、どんなに長くても5年で変わるべきだと思っています。

 私にもこれまで何人かの上司がいました。その時々によって「最高の上司」は変わります。入社したての頃は、とにかく丁寧に優しく教えてくれる上司が最高の上司でした。でも、ある程度独り立ちできるようになると、もっと大胆にプロジェクトを回す人が最高の上司に思える。自分のステージによって必要な人というのは変わります。私もみなさんも、たくさんの上司に出会った方がいいですし、いろんな人のいいところを真似していけばいいと思います。

子育てしながら以前と同じように働くことは難しい

 私は2児の母です。課長職で子育てもしていて、まるで現代の働く女性のロールモデルのように聞こえますが、結果的にたまたまそうなったというのが本当のところです。出産でキャリアが途絶えるリスクを感じて仕事を前倒ししてきたわけではなく、ご縁もなくただ普通に仕事をしていたら、年齢的に出産のリミットを感じる30代後半を迎えていました。できることならば子供は欲しかったので、駆け込むように結婚し37歳で1人目を出産。下の子はまだ2歳です。

 子育てと仕事の両立は、正直、無理です。できる仕事量は確実に減りました。「もうちょっと仕事をやりたいのに」とは思いませんが、「この仕事をやらねばならない」という時はあります。そんな時はとりあえず保育園へお迎えに行き、後から帰宅した夫に子供を託してまた仕事をします。

 仕事は何を頼まれても断らないスタンスでいますが、そうもいきません。海外に行かなければ進まない仕事のため、今は上司や課員が代わりに現地へ飛んでくれています。もう少し子供たちが大きくなれば海外出張も自由にできるでしょう。独り身の時のようにはいきませんが、状況にあわせて家族と相談しながら仕事を続けていきたいです。

定年後にやりたいことがいっぱい

 私には定年後にやりたいことがあります。1つ目は、遺伝子工学や分子生物学を学ぶこと。大学時代は機械工学科で流体力学を研究していましたが、生物分野にも興味があります。血を見るのは苦手なのでミクロの世界を学びたいと思っています。2つ目は、ヒートアイランドが気になって仕方がないので、風の流れを考える流体工学や都市工学の方面で何か関われたら嬉しいです。3つ目は、英語。取扱説明書などを翻訳するお手伝いをしてみたいと思っています。

 発電プラントのプロジェクトは長いと5〜6年かかります。定年まで20年余り。それほど先のことでもありません。今から定年後が楽しみです。

取材後記

42歳にして13人の部下を抱え、世界を舞台にいくつもの巨大プロジェクトを手がける武藤さんは、気負うことなく朗らかで、驚くほど自然体。「私は技術屋」と語るそのエンジニアとしての自信が、何事にも動じない平常心、ブレない仕事哲学の源なのかもしれません。「これまで10件以上の発電プラントを造りましたが、ひとつとして同じものはありません。既設の発電機と同じものをそのすぐ隣に設置するだけでもじつは配管が違って……」と楽しそうに話す姿が印象的でした。

「富士電機」のホームページはこちら https://www.fujielectric.co.jp