Nikkey’s ~ここだけのハナシ~
12月

辛いことは全部「平成」に置いていこう!

通信サービス、事務。44歳

和田真紀子さん

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仕事を続けるにはメンタルの調整がカギ

 法人を相手に固定電話を提供する通信会社で一般事務をやっています。営業先や取引先には外資系企業が多く、英語で書かれている書類もあります。日本で新たにオフィスを構える海外の企業にとって、日本の通信インフラの仕組みの説明から、固定電話の設置・サービスまでを提供する会社は重宝なようです。

 転職して約7年。正社員や契約社員としての雇用を想定して一定期間、派遣社員として働く「紹介予定派遣」として働き始め、3カ月後に社員になりました。この会社が4社目です。私にとって仕事やキャリアは、自分のメンタルの調整がカギ。これまで精神的にまいってしまうことが何度もありました。

英文科卒でSEとして外資系企業へ就職

 私はベビーブームの最後の世代で、就職氷河期まっただ中。就職活動で内定をもらった会社にはどうしても納得できず、1年就職浪人しました。もう1年学費を出してもらう交換条件として両親と約束したのは、デジタルの勉強をすること、教員免許を取ることの2つ。「これからはパソコンができたほうがいい」というエンジニアだった父の助言で、当時まだ出始めのExcelを学ぶためにビジネススクールに通いました。

 そのおかげで2度目の就職活動ではSE(システムエンジニア)という選択肢ができ、納得できる外資系大手の関連会社に就職。英文科出身ながらSEとしてキャリアをスタートしました。

業務が一気に10倍以上に増え、うつ病に

 SEといっても仕事は幅広く、私は技術系SEとしてソフトウェアの製品を担当。英語も少しできたので、入社2年目にはひとりで米国へ出張し、現地でマニュアルを書く仕事などもしました。

 とても充実した日々を送っていたのですが、IT業界の拡大とともに製品が増え、4年目に急にそれまでの10倍以上の数の製品を担当することになってしまいました。なんとかしなければと頑張ったものの徐々に精神的に追い詰められ、ついにはうつ病に・・・・・・。1年間休職した後、退職の道を選びました。

刺激的だったベンチャー企業の社長秘書

 「もうSEは嫌だ」と思い、まったく違う職種を探してベンチャー企業の社長秘書という仕事に就きました。やり手の女性社長で、株式上場を目指して事業をどんどん拡大。資金の集め方や人の増やし方など、成長していくビジネスの現場を間近で見ながら、そのサポートをするのは面白かったです。

 しかし私が入社して1年半ほど経った頃、株主総会で突然社長の解任が決定。社長の息がかかっている社員も排除する方向になっていったのです。私への風当たりも強くなり、精神的に辛い時間が増えていきました。うつ病が再発しそうになり自ら退職しました。

 実家に戻り、しばらく仕事から離れた日々を過ごしました。体調は戻ったものの働くことへの不安があったので派遣社員として職探しをし、また社長秘書の仕事に就きました。派遣でも秘書は特殊業務扱いで満了期限がないと思っていたのですが、2年半過ぎた頃に「2カ月後に契約満了」と告げられ、唖然(あぜん)。やはり社員で働ける道を探りたいと思い「紹介予定派遣」に絞って今の会社に就職したというわけです。

自覚がなかった思いがけない落とし穴

 今の会社では一般事務といいつつ、英語ができることやSE経験をいかした仕事を任されることもあります。「なんてストレスフリーで、楽しい仕事なんだ」と思って働いていたのですが、ある時、風邪をこじらせたことをきっかけに、全身が痛むようになり、ついには出社できなくなる事態に。医師からはストレスからくる精神的な負担が体に出た結果と診断されました。

 自覚はありませんでしたが、会社の事業が一時かんばしくなかったことがあり、シビアな経理書類を処理しながら「皆のお給料が払えなくなったらどうしよう・・・・・・」とひとりで気を揉んでいた時期がありました。それが引き金だったのではないかと、後になって思いました。私が心配してもどうにもならないことなのに心配してしまい、精神のバランスを崩してしまったようです。

波の大小はあるけれど、人生はプラスマイナスゼロ!

 休職期間を経て今は仕事に復帰しています。何度もうつ症状などを経験して思うのは「人生はプラスマイナスゼロである」ということ。私はマイナスの波が大きくて気持ちがどん底まで落ちてしまいやすい。でもその分、喜びも人一倍味わっていると思います。

 落ち込んでいる時には「このまま死んだほうがマシ」と思ったこともあります。落ち込んで負のスパイラルのまっただ中にいると、「視点を変えて」「プラスに考えて」という医師たちの言葉も届きません。でも、どうにかやり過ごしていれば何かのタイミングでふと光が射し始めます。

 人生100年時代。40代半ばを迎えた私の人生はいよいよ後半戦です。来年には元号が変わります。このニュースを聞いた時「思いがけないチェンジの機会がやってきた」と思いました。波の激しかったこの二十数年で経験した辛かったことは平成時代に置き去り、新しい時代を生きたいと思っています。あくせくせず、のんびりおだやかに、さざ波くらいの波の中で過ごしていきたいです。

ニッキィズ一問一答

Q.

今までに買った一番高価なものは何?

A.

「フランク・ミュラーの腕時計。35歳の頃に、もう結婚しないかもしれないから人生のパートナーに・・・・・・と奮発してしまいました」

Q.

近頃、衝動買いしてしまったものって何?

A.

「バルミューダの高級トースター。買ったのにまだ封も開けられていなくて、まさに衝動買いです(笑)」

Q.

健康や美容のために心がけていることは?

A.

「3〜4日単位で、ゆるやかに栄養バランスを整える。甘いものを食べ過ぎた日があっても、その後の数日間で調整すればOKとしています」

Q.

お金にかえられない元気の源は?

A.

「睡眠時間。高級マットレスを買ったので、次は枕にもこだわろうかと」

Q.

みんなに教えたいおすすめの本を一冊!

A.

「さくらももこさんのエッセイ。おそらく『もものかんづめ』だと思うのですが、大学生時代に家庭教師のアルバイト先で小学生の生徒さんから借りたエッセイ集がとても素敵でした」

取材後記

「自分の経験が誰かの役に立つならば」と、辛かった時代のことも語ってくれた和田さん。今も病院には通っているとのことでしたが、過去を振り返り自分が陥りやすいケースを把握して無理しないようコントロールしているそうです。改元という出来事を、自分の人生を変えるチャンスとして捉える発想には思わず「なるほど」と膝を打ちました。もうすぐ迎える新年、そして、約半年後に迎える改元。時代の節目を上手に利用しながら、長い人生をしなやかに楽しく生きていきたいですね。